自分が自分であること。

 初対面の人に、「お仕事は?」と聞かれることが増えてきました。「どうみても学生」という領域から抜け出せたようで喜ばしい限りです。しかし説明が非常に面倒。多分諸先輩方も同じような思いをされたのだと思うのですが、私は基本、ごまかさずに正直に話すようにしています。日本の学生で、いまは就労ビザでフルタイムだけど週12時間勤務、というところまで言ったら大体相手の反応でどこまで話せばよいかわかるものですが。


 ただの知人ならそれで済むのですが、何らかのインフラを手に入れようと思うと大変です。つい先日まで半分住所不定扱いだったので、携帯電話の契約もままなりませんでした。しかしそれでもプリペイド携帯とプリペイドモバイルで電話もネットも支障ないというのが、そもそも移動を前提とした土地であることを感じさせますが。


 今月からめでたく正式に住所が決まったため、携帯電話の契約をしようと思ったのですが、「住所を証明する書類が必要。電気か水道の領収証か、銀行の領収証を持ってくるように」とのこと。光熱費込みで家賃を払っているので、銀行の口座を作ることになりました。


 で、HSBCに行ったところ、「住所を証明する書類が必要。電気か水道の領収証を持ってくるように」とのこと。堂々巡りです。しかも外国人は、「日本のパーマネントの住所を証明する書類が必要。運転免許証か、日本の光熱費の領収証の原本を持ってきてください」と言われました。


 パーマネントの住所=本籍地?本籍地は住所としては機能しないし、住民票の所在地には私は住んだことがないので(留学前に転入手続きしてそのまま渡航してきたので)、当然領収証も自分の名前ではない。一人のときの領収証は山ほどありましたが、引越しで処分してしまったはずで。


 日本でも、運転免許を持っていないことで随分不自由をしました。特に引越し直後は、パスポートと学生証と電気料金の領収証を持ち歩いて、それでも期限が切れているといわれたりして、銀行の窓口やレンタル屋のカウンターで揉めたものです。


 交渉の結果、日本の銀行からの領収証でもいいということでしたが、駄目元で中国銀行にトライしてみたところ、「勤務先からの手紙があれば住所を証明するものとして有効。日本の住所は不要」とのことだったので、結局大学で住所を入れた雇用証明を書いてもらい、そちらに口座を開設しました。


 で、郵送されたキャッシュカードの台紙を持って電話の契約に。話はあっさりと進み、2時間経ったら開通しますと言われたのですが、なぜか使えないままでした。


 何を間違えたのかと翌日ショップに行ったところ、今度は、あなたの居民証はパーマネントじゃないから、デポジットを払ってください、と言われました。


 ……「海外で日本流のサービスを期待しない」のは大前提として頭にあり、「自分が相手の言語で話せないから英語で応対してもらっているのに相手がきちんと英語が話せないことを非難する」というふるまいもどうかと思うのですが、さすがにこのときはむっとしてなぜそれを先に言わないのかと言い返したところ、「昨日は忘れてたから」という返事。


 かなり脱力。見事に一言も謝らないので、もう諦めて必要事項の確認だけしておとなしく従いました。


 こう、たとえ手続きミスをしても謝らなくていい、というのは長時間勤務に向いた形態なんだろうなあと実感します。抜き出したSIMカードを空いた化粧品のケースに入れていたら"Is it SIM-card? So cute!"と言われたあたり、彼女に悪気はまったくなく、接客に手を抜いているわけでもなく、単に「誠に申し訳ございません」的な風習がないんだろうなあ、と。


 というわけで長くなりましたが、住所と電話番号が変わりました。プリペイド電話には便利なサービスがあって転送がかけられるため、前の番号でも普通に連絡が取れるようになっています。国際電話は別途申し込み制で、電話とFAXで使用申し込みをすれば使えるようになるシステムでした。


 とにかく「居民であることの証明」、「住所の証明」、そして「収入の証明」が非常に大事なようです。それはそれだけ厳重に管理をしなければならない背景を反映しているわけで、マネーロンダリングを避けたい金融の都市としての側面と、常に本国からの流入を警戒する特別区としての側面を見た気がします。


 普通なら、「日本はIDを携帯しなくても日常が送れる、安定した平和な国だ」となるのかもしれません。けれども私にとって手続き的な煩雑さは既に日本で味わってきたものと同じで、それはひとえに、「親元を離れて一人暮らしなのに、20代半ばで学生で収入がなく、運転免許を持っていない」という「普通じゃない身分」によるものだと。


 「大学」という組織に属して守られているように思えても、自分が自分であることを証明するのは、意外と難しいのです。